連載小説『為替の正体』· 第一弾 七月の攻防 憎しみを鞄に詰めて敵地へ。だがその部屋の四人は、博打という一枚岩を、内側から砕いていく。
父をFXで失った経済記者・七瀬直美が、「為替は博打だ」という確信を鞄に詰めて、富豪の私設クオンツファンドの扉を叩く。 二〇二四年の夏、実際のドル円が一六〇円台で軋み始めた、その夏の物語——第一弾。プロローグと全7節。
プロローグ
誰かを憎めたら、どんなに楽だっただろう。
名前がひとつでもあればよかった。あいつだ、と指させたら。その一人を憎んで、呪って、それで終わりにできたなら、わたしの夜はもう少し短かったはずだ。
でも、父を殺したものには、顔がなかった。顔の代わりに笑顔があった。よく似た笑顔がたくさん。札束を背負って、男たちは画面の中で笑っていた。今日も勝ちました。簡単です。ここで買って、ここで売るだけ。勝率は一〇〇パーセント。──ひとつ消えても、翌朝にはまた別のが湧いた。叩いても、潰しても湧いた。憎しみには宛先がいる。宛先のない憎しみは、行き場をなくして自分の内側を焼く。わたしは三年と四か月、その火で自分を炙ってきた。
始まりは、たった一度の小さな勝ちだったらしい。
父があの世界に足を踏み入れたきっかけをわたしは後から、母に聞いた。仕事仲間に勧められて、お小遣い程度の金で、見よう見まねで一回、買った。それが、当たった。三日で、二万円が三万円になった。父はその三万円で、母にケーキを買ってきたという。母はよく覚えていた。父が誰かにもらったのではなく、自分の「腕」で稼いだ金で、家族に何かを買ってきた。その誇らしげな顔を。──いまにして思えば、その三万円がいちばん高い買い物だった。
最初の数か月、父は勝った。少なくとも、勝った日のことをよく喋った。負けた日のことは、喋らなかった。スマートフォンの中の「先生」が、毎晩、無料の動画で、買い場と売り場を教えてくれた。月に三万円のサロンに入れば、もっと詳しい合図がもらえる、という。父は入った。サロンには、何千人もの「生徒」がいて、勝った報告が毎日、流れ星みたいに流れていた。先生のおかげです。人生が変わりました。父はその流れ星の群れの中に自分の居場所を見つけたのだと思う。工務店では、もう若い者に追い抜かれ始めていた頃だった。
父は几帳面な人だった。
工務店で長年、図面を読んできた。墨壺で線を引き、水平器の気泡をミリ単位で真ん中に合わせる。柱が一本わずかに傾いているだけで、その日は一日、不機嫌だった。曲がったものが許せない人だった。
その父が画面の中の赤い矢印を図面だと思った。ここで買えばいい、と書いてある図面。そのとおり組めば、家が建つ図面。父は図面を信じる人だった。それが父の誠実さで、それが父を殺した。
相場には、縮尺がなかった。図面どおりに柱を立てると、家ではなく穴が空いた。父は穴を埋めようと、もっと大きな材木を担いだ。「ロット」という言葉をわたしは父の通帳の痩せ方で覚えた。最初の月、通帳の残高はまだふっくらしていた。半年で、骨と皮になった。「証拠金維持率」を深夜にかかってくる電話のひび割れた声で覚えた。父は廊下で背中を丸めて、すみません、すみません、と繰り返していた。何に謝っているのか、わたしには分からなかった。たぶん、父にも分からなかった。
家の中の空気が少しずつ、抜けていった。
夕食の時間がばらばらになった。母が笑わなくなった。父は食卓でもスマートフォンを伏せて置き、五分とおかずに裏返して、画面を確かめた。チャートが気になって仕方がないのだ。一度、母がその手からスマートフォンを取り上げようとして、父が声を荒げたことがあった。あんなに穏やかだった父が。わたしは自分の部屋で、布団をかぶって、その怒鳴り声が止むのを待っていた。あの夜から、わたしは為替、という二文字が怖くなった。
最後の伝言は二十二秒。いまも消せずにいる。
「……直美か。あー、寝てるよな、こんな時間に。いや、いいんだ。大丈夫だから。次で、取り返すから」
次、が何だったのか、父はもう、誰にも説明できない。あの夜、わたしは電話を取らなかった。大学のレポートの締め切りが近くて、画面に出た「お父さん」の四文字をただ伏せた。それだけのことだ。折り返さなかったのは、もう同じ話を聞きたくなかったからだ。あと少し。次で取り返す。家を建て直す。──その言葉をわたしは聞き飽きていた。聞き飽きるほど、父は繰り返していた。
春に父は自己破産の手続きを終えた。家は人手に渡った。父は駅の反対側の換気扇の唸る安アパートに一人で移った。それからほどなく、母は父と別れた。父はわたしたちの前から消えた。最後に会ったのが、いつだったのかも、思い出せない。生きているのか、どこかで冷たくなっているのか、わたしは知らない。残ったのは、二十二秒と、奨学金の返済通知と、ひとつの誓いだった。
わたしの大学の四年間は父の口座が痩せていく時間と、ちょうど重なっていた。学費は奨学金で繋いだ。バイトを掛け持ちして、それでも足りなくて、何度か、母に頭を下げた。同級生が就職活動で、商社だ、銀行だと言い合っているのをわたしは少し離れたところから、見ていた。金融、という言葉を彼らは、まぶしそうに口にした。わたしはその言葉を聞くたびに廊下で背中を丸める父を思い出した。
いつか、わたしが顔を見つける。世界のいちばん奥まで行って、そこにいる誰かの胸ぐらを掴んで、お前のせいだと言ってやる。──それを取材と呼ぶのは、たぶん少しずるい。憎しみにもっともらしい肩書きをつけているだけだ。それでも、その火だけが、わたしを机に向かわせてきた。小さな新聞社の隅の席まで。
二〇二四年の夏。一ドルが百六十円を超え、三十八年ぶりの円安だと、どの新聞も一面で騒いでいた。スーパーの値札が毎週書き換わり、テレビは家計の悲鳴をにこやかに読み上げた。同じテレビがその同じ口で、「今こそ外貨を持つチャンス」と、にこやかに別の番組で言った。父を殺した二文字が活字になって、堂々と街を歩いていた。誰も、それを怖がっていないように見えた。
その夏の終わりにわたしは初めて、「ファンド」と呼ばれる場所の扉を叩く。同じ博打をもっと上等な顔で売る連中だろう、と決めつけたまま。
その数日後に東京の市場が戦後最大の崩落を記録することをわたしはまだ、知らない。
第1節|博打という名の投資
うちの新聞社は毎年、薄くなる。紙面ではなく、人がだ。入って二年で、見知った顔が何人も消えた。「早期退職」の紙が回るたび、フロアの蛍光灯が一本ずつ間引かれていく気がする。残された人間は二人分、三人分の仕事を抱えて、みんな少しずつ機嫌が悪い。言葉が安くなった時代に新聞だけが、まだ言葉で食おうとしている。無理がある、とは思う。
わたしの席は経済部のいちばん隅だ。入って二年、回ってくるのは、決算短信の数字合わせや、企業の周年パーティーの提灯記事ばかりだった。隣の席の先輩は十年前に大きな汚職を抜いたことがあるらしいが、いまは、官庁の発表をそのまま流す仕事に文句も言わずに慣れていた。慣れる、というのが、この会社で生き残る、唯一の技術なのかもしれなかった。わたしはまだ慣れていなかった。慣れたくなかった、と言ったほうが、近い。
「七瀬、これ」
松子編集長がわたしの机にプリントを一枚滑らせた。視線は校正刷りから上がらない。老眼鏡を額に押し上げ、赤ペンの尻で紙の一点をこつ、と叩く。「読め」の合図だ。この人が値切らないのは、原稿の言葉だけだった。
〈REDFOX Capital / 為替特化型クオンツ・ファンド〉。都内のどこか、住所は伏せ。少数精鋭。それから、〈公開採点〉という、据わりの悪い日本語。
「クオンツって、機械でやるやつですか」
「機械でやるやつ。富豪が金を出して、数人でやってる私設ファンド。為替だけを分析して張ってる。そいつらが最近、予想の当たり外れをネットで全部、公開し始めた」
「……当たったところだけ、じゃなくて?」
松子の手が止まった。
相場で「外しました」を自分から出す人間をわたしは知らない。勝った話なら、配信でも飲み屋でも、いくらでも転がっている。負けた話は誰もしない。父も、しなかった。父の通帳が骨と皮になっていく間も、父の口から出るのは、いつも勝った日の話だった。負けを見せないというのは、この世界の唯一にして絶対の作法のはずだった。それを自分から破る奴がいる。胡散臭い、と思う前になぜ、と思った。記者の鼻がそこだけ、わずかに動いた。
「外したところも、よ」松子は言った。「だから面白い。胡散臭いか、本物か、どっちかだ。──七瀬、あんた、為替は嫌いだろう」
心臓がひとつ跳ねた。
履歴書には書いていない。面接でも話していない。それでも、紙の凋落を三十年生き延びたこの人は人の顔の書いていないところを読む。インクの裏に滲んだものを読む。
「好きじゃ、ないですね」わたしはできるだけ平らに言った。「だから向いてると思いますよ。提灯は書けないので」
「だろうね」松子の口の端がわずかに上がった。それから、その笑みをすっと消した。「ただし、感情は記事にならない。事実だけ持ってきな。憎んでもいい。だけど、憎しみで書くな。誰が何で儲けて、誰が何で損してる。数字で持ってこい。──それができないなら、あんたは、自分の傷を人の名前を借りて舐めてるだけだ」
最後の一言だけ、ナイフのように静かだった。図星をこんなに正確に刺してくる人をわたしは他に知らない。一度だけ、深夜の編集部で、松子が誰もいないと思って、机の額入りのゲラを長いこと見つめているのを見たことがある。何の記事か、遠くて読めなかった。あの人にも、損切れなかった何かが、あるのかもしれない。
「いつまでに」
「来週、頭に一回。先方には通してある。断られても、何度でも行け。あいつら、たぶんあんたを歓迎しない」
歓迎されない取材ほど、いい記事になる。それも、松子の口癖だった。
その夜、わたしはアパートの狭い机で、REDFOX Capitalを調べた。
会社のサイトは奇妙だった。よくある投資詐欺まがいの「月利三〇%」だの「不労所得」だのという、毒々しい文字が一つもない。あるのは、淡い、紙のような色の背景に静かな文字だけだった。〈中立・専門・無料〉。そして、目を引いたのが、例の〈公開採点〉のページだった。
そこには、彼らが過去に「これは上がる」「これは下がる」と予想したものが、日付つきで、ずらりと並んでいた。横に結果。当たり。外れ。外れ。当たり。外れ。──本当に外れが、隠されずに並んでいた。しかも、ご丁寧に「なぜ外したか」まで書いてある。わたしは画面をスクロールし続けた。こんなものをわざわざ晒して、何の得があるのか。馬鹿正直なのか、それとも、馬鹿正直に見せることが、いちばん賢い嘘なのか。判断がつかなかった。
ページの隅にリンクがあった。〈ライブ〉。クリックすると、二十四時間、流れているらしい、配信に飛んだ。映像はない。チャートの画像と、合成音声。三人の人物が十五分おきに相場を討論していた。一人がデータを断定し、一人が「それは誰かの罠かもしれませんよ」と揺さぶり、一人が「で、結局、どうすれば生き残れるんだ」と、二人に問う。
わたしはその三人の声をしばらく聞いていた。眠くなるような、淡々とした声。けれど、その中身はわたしの知っている「投資の配信」とは、何かが、根本的に違っていた。彼らは、一度も、「勝てる」と言わなかった。「儲かる」とも、言わなかった。代わりに何度も、「生き残る」と言った。
わたしはその配信をブックマークもせずに閉じた。同じ夜、同じ三人の声を町外れの工場の四畳半で、わたしの叔父が子守唄のように聞いていたことをわたしは知らない。
翌週、わたしはその部屋へ向かう。
駅の改札を出ると、街頭ビジョンに為替が躍っていた。一ドル百六十一円台。三十八年ぶりの円安。その下をスーツの男たちが、スマートフォンを覗きながら、足早に過ぎていく。何人があの数字に賭けているのだろう。何人があと少し、と思っているのだろう。何人がわたしの父と、同じ顔で、笑っているのだろう。
わたしは想像した。どうせ、ガラス張りの高層階で、若い連中が他人の金を数字みたいに転がして、勝った負けたと笑っているんだろう。父が穴に落ちていく横で、その穴を掘っていたかもしれない連中のもっと上等な顔。
その数字が数週間後、床が抜けるように崩れ落ちることをわたしはまだ知らない。憎しみを鞄に詰めて、敵地に乗り込むつもりでいた。そして、その部屋の四人がわたしの何ひとつ分かっていなかったことをこれから順番に教えることになる。
第2節|火曜の止まり木
火曜の夜だけ、わたしは「やんも」へ行く。
駅裏の酔っぱらいと客引きでざわつく表通りを一本逸れると、嘘みたいに音が引く。その先の入り組んだ路地のいちばん奥。提灯がひとつ。看板は半分かすれて、もう「やん」としか読めない。直す気がないのか、直す金がないのか、訊いたことはない。たぶん、どっちでもいいのだ。
引き戸を開けると、炭と煙が顔に当たる。鶏の脂が落ちて、ぱっと立つ煙の匂い。カウンターだけの七席ほどの店。客はいつもまばらだ。今日はわたしのほかに一人。奥で、作業着の年配の男がホッピーを舐めながら、スポーツ新聞を丹念に折りたたんでいた。何度か見た顔だ。たぶん、近所の町工場の人。お互い、名乗ったことはない。やんもの客はたいてい、名乗らない。
大将は本名を山本さんといって、もう六十を超えていて、ほとんど喋らない。手だけが速い。手ぬぐいを首にかけて、団扇を一定のリズムで、煽り続けている。わたしがいつもの左端の席に座ると、注文を聞く前にほうじ茶がすっと出てくる。火曜のわたしが何も頼まないのを知っているからだ。少しして、黙って、皿が来る。ぼんじりの塩と、レバー。脂と、血の濃い味。それだけで、一週間で、すり減って薄くなった自分の輪郭がほんの少し、戻ってくる。
壁のすすけたテレビが音を消したまま、夜のニュースを流していた。為替、の二文字がまたテロップで流れた。一ドル百六十一円台。円安加速。アナウンサーの口がにこやかに何かを動いている。奥の作業着の男がちらりとそれを見て、ふん、と、鼻で笑った。「円が安いと、儲かるのは、どこの誰だかな」。誰にともなく、そう言って、また新聞に目を戻した。大将は何も言わなかった。
炭の上で、脂がちいさく爆ぜた。
「大将。人って、どうやったら、信じちゃいけないものを信じるんだろうね」
大将は振り向かない。煙の向こうで、手だけが、動く。団扇がひと煽り。火の粉がふっと、舞った。しばらくして、ぽつり、と。
「人生は損切りが、いちばん難しいわな」
わたしは何も言えなかった。
損切り。あと少しで戻る、と思っているうちに何もかもが、空になること。たぶん、この人にも、損切れなかった何かがあって、それで、ここで一人、串を焼いている。訊かない。火曜の止まり木はお互いの傷を訊かないから、止まり木なのだ。──ぼんじりは、今日も、ちょうどよく焼けていた。それだけは、確かだった。この店で、確かなことは、それくらいでよかった。
帰り道、スマートフォンが鳴った。叔父の小宮さんだった。
母の弟で、町外れで一人、自動車の修理工場をやっている。「小宮モータース」。
わたしがこの人を父よりも父のように思うのには、理由がある。父の口座が骨と皮になり、家に督促の封筒が積み上がり始めた頃。母がもうどこにも頼れなくなって、最後に電話をかけたのが、小宮さんだった。叔父は何も訊かなかった。「いくらだ」とだけ言った。次の日曜、油の染みた軽トラックで、うちに来て、茶封筒を母の前にことん、と置いた。「足りなかったら、また言え。──直美の学校だけは、続けさせろ」。それから、姉である母を一度も、責めなかった。義兄である父の悪口も、言わなかった。ただ、わたしの顔を見て、「メシ、食ってるか」と、いつもの豪快な顔で、笑った。
その笑い方がいまも、電話の向こうから、聞こえる。
「おう、直美か。メシ、ちゃんと、食ってるか」
「食べてるよ。叔父さんこそ、寝てる?」
「寝てる寝てる。──おう、そういや」少しだけ、声が低くなった。「お前、新聞で、為替とか、書くのか」
「うん、まあ。なんで?」
「いや、なんもない」急に豪快に笑う。「為替なんてのは、な、あんなもん、博打だ。お前の親父を見ろ。ああいうのに近づくんじゃ、ねえぞ」
「分かってるよ。いちばん分かってる」
電話の向こうで、叔父も、笑った。じゃあな、メシ、食えよ、と、切れた。
わたしは知らなかった。
その夜、電話を切ったあと。油の染みた工場の二階の四畳半。万年床の脇に亡くなった奥さんの写真が立ててある。五年前、長い病院通いの末に逝った人。小宮さんは、その写真の前で、缶ビールを一本だけ、開けた。一本だけ。二本目には、決して、手を伸ばさない。妻を看取りきれなかった――最後の数日、仕事を抜けられず、間に合わなかった――その悔いから、自分に課した、たくさんの掟のひとつだった。
そして、スマートフォンの画面をじっと、見ていた。
映っていたのは、ドル円の日足のチャートだった。ザラ場は見ない。昼間は客の車の下に潜っている。見るのは、夜、一日が終わって、確定した、一本のローソク足だけ。生活費には、絶対に手をつけない。工具を買う金にも。一回の損は決めた額で、切る。ナンピンはしない。――どれも、誰かに教わった掟ではなかった。痛い目を見て、自分で、ひとつずつ、覚えた。妻に何ひとつ、楽をさせてやれなかった男がせめて、これだけは、と、決めた、生き残るための作法だった。
工場の二階に低い音量で、配信が流れていた。映像はない。チャートの画像と、三人の合成音声。一人がデータを断定する。一人が「それは、誰かの罠かもしれませんよ」と、揺さぶる。一人が「で、結局、どうすれば、生き残れるんだ」と、二人に問う。叔父はその声を子守唄のように聞きながら、その日の自分の買いと、売りの判断を声に出さずに答え合わせした。
今日のは、悪く、なかったな。
妻の写真にそう、報告するみたいに。小さく、頷いて。それから、灯りを消した。
姪のわたしはその同じ夜、駅の反対側の安アパートで、敵地のことばかり、考えて、眠れずにいた。為替は博打だ、と信じて疑わない女がその博打で、静かに慎ましく、生き延びている、たった一人の身内のことを何ひとつ、知らずに。そして、その叔父が子守唄に聞いている三人の声がわたしが来週、胸ぐらを掴みに行く、あの部屋の声であることも。
世界はときどきこんなふうにすぐ隣で、繋がっている。気づかないだけで。
第3節|河口の魚たち
その週の為替はおかしかった。
取材の準備で、わたしはここ数日のニュースを片端から読んでいた。一ドルは七月のはじめに百六十一円台の後半をつけていた。百六十二円がすぐそこに見えていた。三十八年ぶりの円安。新聞は毎日それを書き、テレビは家計の悲鳴を流し、その同じ画面の夕方の投資番組では、にこやかな解説者が「まだ上がります」と言っていた。次の目標は百六十五円、いや、百七十円。そういう声が街にも、ネットにも、満ちていた。
ネットの世界はもっと、露骨だった。
わたしは為替の配信をいくつか、覗いた。フォロワー何十万、という男たちが、札束の画像を背負って、断言していた。「介入? こわくないですよ。四月も五月も、当局は何兆円も使って、結局、戻ったでしょう。弾切れです。逆らう奴は養分です」。コメント欄は感謝と、強欲で、埋まっていた。買い増しました。先生についていきます。一七〇、見えた。――何万人もが、同じ船の同じ舷側に肩を寄せ合って、上を向いていた。父も、きっとこういう景色の中にいたのだろう。あと少し。次で、取り返す。
その船の反対側にいる連中にわたしはこれから、会いに行く。
REDFOX Capitalは、ガラスの塔には、なかった。
地図のピンが落ちたのは、オフィス街の外れの古びた雑居ビルだった。一階はシャッターの下りた、元・居酒屋。エレベーターは四階へ上がる途中で、一度、ぐらりと軋んで、わたしの心臓を止めかけた。降りた先の廊下の蛍光灯はひとつ、切れていた。突き当りのすりガラスのドアに社名のプレートも、ない。〈4F〉とだけ、書いてある。わたしは決めつけてきた言葉をいったん、飲み込んだ。少なくとも、ここは、わたしの想像した、上等な顔の住処では、なかった。
ドアを開けて、最初に気づいたのは、音だった。
静かすぎる。
相場の部屋といえば、わたしは怒鳴り声と、鳴り続ける電話を想像していた。けれど、そこは、図書館のように静かで、エアコンが効きすぎて、夏なのに肌寒かった。机がいくつか。壁の一面が大きなモニターになっている。そして、四人。誰も、こちらを見なかった。
壁のモニターに見たことのない表が映っていた。日付。通貨。「当たり」と「外れ」。――外れ、の文字が隠されもせず、ずらりと、並んでいる。あのサイトで見た、〈公開採点〉が、ここでは、部屋のいちばん大きな壁に貼り出されていた。自分たちの間違いを毎日、目に入る場所に掲げて、仕事をする人間たち。わたしはそれを少し、見すぎた。
「取材の方ですね」
声をかけてきたのは、いちばん奥の大柄な男だった。六十は過ぎているだろう。白髪を短く刈り、皺の深い手の甲をしていた。その指がコインを一枚、関節の上で、くるくると、転がしていた。場立ち、という、古い言葉がなぜか頭に浮かんだ。立会場で、声を張って、相場を渡ってきた、最後の世代の。
「ケニーだ」男はコインを止めずに言った。「で、あんた、何の話を聞きに来た?」
わたしが口を開く前に窓際から、別の声がした。
「無駄ですよ、ケニー。この人は話を聞きに来たんじゃない」
窓の外を見ていたのは、若い、女だった。わたしと、そう変わらない歳に見えた。長身で、黒髪をきっちりと結い、仕立てのいい、ダークなスーツを着て、為替のボードではなく、ただ夏の白い空を見ていた。涼しい横顔だった。美しくて、近寄りがたくて、わたしは反射的に身構えた。こういう女がいちばん苦手だった。何もかも、見透かしている、という顔をする女が。
「答えを確かめに来たんです」女は振り向きもせずに続けた。「自分が憎んでいいものをちゃんと憎める相手かどうか。――ねえ、記者さん。あなたの目、そう書いてありますよ」
心臓が嫌な打ち方をした。松子に見抜かれたときと、同じだった。けれど、こっちのほうが、たちが悪い。松子は三十年、人を見てきた。この女はわたしと、同い年くらいの顔で、それをやる。
「……ダリ」ケニーが苦笑した。「初対面の客をいきなり、解剖するな」
「事実を述べただけです」別の男が早口で、口を挟んだ。眼鏡の奥の目はいくつものモニターに張りついたままだ。指は止まらずにキーを打っている。「ダリ、あなたのそれは、事実ではなく、印象です。印象は検証できない」
「ジョーンズ。あなたは検証できないものをいつも怖がりすぎる」窓際の女――ダリが初めて、薄く、笑った。
「怖がっているのでは、ない。区別しているだけです」
二人の応酬は冷たくて、速くて、けれど、奇妙に面白かった。喧嘩では、ない。もっと、乾いた、知性同士の摩擦。火花だけが散って、熱がまるでない。わたしの想像した、勝った負けたの部屋とは、何かが、根本的に違っていた。
四人目は最後まで、何も、言わなかった。
壁際の机で、その男は電卓を叩いていた。無地のニットを着て、安物の腕時計を几帳面にこつ、と、机の縁と平行に直す。瞬きすら、惜しんでいるように見えた。わたしと、目が合うと、男は感情のない声で、ひとことだけ、言った。
「お茶は出ません。長居するなら、自分で、買ってきてください」
歓迎しない、と松子は言った。なるほどと思った。
わたしは用意してきた、最初の質問を――父を呑んだ世界を暴くための刺すような最初の一問を――喉の奥で、押し潰した。代わりに壁の〈公開採点〉を指さして、訊いた。本当に気になったから。
「……どうして、外したところまで、出すんですか。普通、隠すでしょう。勝ったところだけ、見せれば、いい。そのほうが、客も、集まる」
部屋の温度がわずかに変わった気がした。
ケニーがコインをぴたりと、止めた。それから、わたしを初めて、まっすぐに見た。皺の奥の目は笑っていなかった。
「いい質問だ」低い声だった。「あんた、それを訊くために来たんなら、思ってるより、ずっといいところに立ってるよ」
彼は壁のモニターの外れ、の列を顎で、示した。
「外を見てこい。配信でも、なんでもいい。あいつらは、勝った日しか、出さない。負けた日は消す。なぜか分かるか。負けを消せば、勝率はいくらでも、一〇〇パーセントにできるからだ。一〇〇パーセントの先生には、客が群がる。客が養分になる。――俺たちは、その逆をやる。外れを全部、出す。そうすると、客は群がらない。代わりに嘘がつけなくなる。自分にも、な」
わたしは何も、言えなかった。
窓際で、ダリが空から、目を離した。
「ちょうどいい時に来ましたよ、記者さん」ダリは言った。「いま、市場はいちばん面白い嘘をついている。誰もが、ドル円はまだ上がると信じている。百六十五円、百七十円だと。船は片側に傾ききっている。世界中の投機筋がこれほど円を売り込んだのは、十七年ぶりだそうです。――嘘がいちばん膨らんだ瞬間に。人がどう、死ぬか。あなたのお父さんが、どう、死んだのか。――その内側から、見ていきますか」
わたしはまだ何も、分かっていなかった。
父のことを一言も、話していないのに。この女がなぜ、それを知っているのか。問い質す前にわたしの足はもうその部屋の冷たい床に根を張り始めていた。
この四人がこれから、ひと夏かけて、わたしの「博打」という、たった一枚の岩を内側から、砕いていくことを――そのとき、わたしはまだ知らなかった。
第4節|早すぎる魔女
断られても、何度でも行け、と松子は言った。けれど、断られは、しなかった。
二度目に訪ねたとき、ソープはわたしの顔を見て、また壁際のパイプ椅子を顎で示した。それが、出入りの許可になった。歓迎はされない。けれど、追い出しも、されない。彼らは、わたしを置いてある観葉植物くらいに扱った。水も、やらないが、捨てもしない。記者が一人、部屋の隅で、何を書こうが、彼らの相場には、一円の影響も、ない。たぶん、そういうことだった。
わたしはその隅から、四人を観察した。部屋の一日は判で押したように静かだった。ジョーンズが夜明け前から、何かを計算している。ソープがその数字を別の角度から、検算する。ダリはたいてい、窓を見ている。ケニーはコインを転がしながら、誰にともなく、ぼやく。為替の数字は壁のモニターの隅で、相変わらず、高い空を飛んでいた。一ドル、百六十円台の後半。崩れそうで、崩れない。
「世界中が円を売ってる」ある日、ケニーがその数字を見て、言った。「投機筋の円売りが、十七年ぶりのでかさだそうだ。皆、同じ船の同じ側に乗ってる。ニュースを見ろ。素人も、玄人も、配信のあんちゃんも、口を揃えて、百七十円だ」
「いちばん混んだ船です」窓際で、ダリが言った。振り向かずに。「春に二度、当局が円を買った。何兆円も、使って。それでも、相場は戻って、ここまで、上がった。だから、市場は学習しました。介入は効かない。怖がるな、買え、と。正しい。これまでは、正しかった」
「で、魔女様は」ケニーがコインを止めた。「いつ、その正しさが、間違いに変わると思ってる」
ダリは初めて、窓から、こちらを向いた。涼しい目の奥に何か、熱に似たものが、一瞬、よぎった気がした。
「アメリカが向きを変えます。たぶん、もうすぐ」ダリは言った。「物価が落ち着いてきた。あの国の中央銀行は夏の終わりには、利下げの話を始める。同時に日本の中央銀行はいつか、利上げに踏み込む。日本円を売って、ドルを買えば儲かる。そのたった一つの理由が両側から、削られていく。船を片側に傾けていた、重しが、外れる」
「印象です」ジョーンズがモニターから、目を離さずに言った。早口で。「ダリ、いまはまだ、私のシステムに明確な売りシグナルは出ていません。価格はまだ上を向いている。事実はまだ買いです」
「あなたのシグナルが出る頃には」ダリは静かに返した。「もう、誰の目にも、見えている。誰でも見えるものに儲けは、残っていません。私たちが食べるのは、まだ誰も見ていないものだけ。そうでしょう、ジョーンズ。あなたがいちばん知っているはずです」
ジョーンズのキーを打つ手が一瞬だけ、止まった。何か、痛いところを突かれたみたいに。けれど、彼は何も言わずにまた打ち始めた。
「で」ケニーがわたしのほうをちらりと見て、それから、ダリに訊いた。取材に来た記者にわざと、聞かせるみたいに。「売るなら、どこで、売る」
「天井では、売りません」ダリは即答した。「天井は誰にも、取れない。私が売るのは、割れた、一点。百五十八円五十銭」
わたしはその数字を手帳に書き留めた。意味はまだよく分からなかった。けれど、書いておけ、と、記者の勘が言った。
「ただし」ダリは続けた。「介入で、無理やり、押し下げられた割れは、取りません。それは、当局が押しただけ。相場の本当の意思じゃ、ない。そういうのは、すぐ戻る。私が待つのは、皆がもう一度、安心して、買い直して。それでも、相場が自分の重さで、崩れる、その瞬間です。人の手じゃなく、自分の足で、つまずく時」
部屋の隅で、ソープが初めて、口を開いた。電卓を見たまま。
「サイズはこうする」彼は感情のない声で、言った。「戻りが、二円来ても、死なない。三円来たら、半分だけ、残す。それ以上、戻ったら、私たちが、間違っていた、ということだ。間違いを認められる金額しか、賭けない。それだけだ」
「そういうことだ」ケニーが頷いた。それから、急に声を低くした。今度はダリにも、ジョーンズにも、聞かせるように。「いいか。売ったあとが、本番だ。戻るぞ。必ず、戻る。皆が『ほら、やっぱり上がる』と、笑う。そのとき、怖くなって、サイズを増やすな。決めたサイズを守って、ただ待て。待てなかった奴から、死ぬ。それは、四十年、見てきた」
待てなかった奴から、死ぬ。
わたしはその言葉を手帳に書きつけながら、指が震えるのを感じた。
父は待てなかった。あと少し、戻る、と信じて。下がれば、取り返そうと、買い増した。この部屋の人間はまったく、同じ相場を見て、まったく、逆のことをしていた。冷たく、サイズを抑えて、間違ったときにいくら失うかを先に決めていた。
「……でも」わたしは用意してきた敵意をなんとか、掬い上げた。最後の抵抗みたいに。「結局は当たるか、外れるか。博打じゃ、ないんですか。あなたたちのやってることも」
ダリがこちらを見た。
「博打は」静かに言った。「勝率が分からないものに有り金を賭けることです。私たちが、しているのは、勝率を五十対五十から、五十一対四十九にほんの少しだけ、傾けること。そして、その一パーセントが意味を持つまで、何度でも、張れるように決して、退場しないこと。似ているように見えて、正反対なんですよ。あなたのお父さんが、いた場所と」
息が止まった。
わたしは父のことを一言も、話していなかった。なのにこの女は二度、それを口にした。問い質そうとした、その前にダリはもう窓のほうへ顔を戻していた。
「明日の夜です」誰にともなく、言った。窓の外の暮れ始めた空に。「アメリカの物価が出る。そこで初めて、この夏の嘘が最初の軋みを上げる。見ておきなさい、記者さん。あなたがいちばん見たくないものを見ることになるかもしれない」
第5節|七月十一日
その夜、わたしは帰らなかった。
帰れなかった、というほうが、近い。終電を過ぎても、わたしの腰は壁際のパイプ椅子に貼りついていた。日本時間の夜九時半。アメリカの六月の物価指数が出る。それが、ダリの言う「最初の軋み」の時刻だった。
九時半まで、部屋は奇妙に静かだった。
エアコンが効きすぎていて、夏なのにわたしは膝を抱えていた。聞こえるのは、三つの音だけ。エアコンの低い唸り。ジョーンズが複数のキーボードをひっきりなしに打つ音。そして、ケニーが指の腹で、机を一定の間隔で叩く音。とん、とん、とん。秒針のような音。コインはいつのまにか、彼の手のひらの中に握り込まれていた。
手持ち無沙汰にわたしはスマートフォンを開いた。
SNSは、お祭りだった。〈今日も円安、ありがとうございます〉〈一六五、いや一七〇まで一直線〉〈介入なんて、こわくないこわくない。当局は弾切れ〉。例の「無敗」の配信者は夜だというのにライブを流していた。〈僕の生徒さんは、今月も全員プラスです。簡単でしょう? 大きく張れる人だけが、勝つんですよ〉。コメントが滝のように流れていた。先生、ついていきます。あと一回で、借金、返せそうです。──わたしはその一行の向こうに桑原さんの痩せた顔を見た。あと少し。次で、取り返す。
九時半。
モニターの十いくつの数字が一斉に色を変えた。
わたしには、意味は分からない。けれど、部屋の温度が下がったのは、分かった。ジョーンズが初めて、声を出した。早口で。「下振れ。総合、前月比、マイナス〇・一。──コロナ以来、初めてのマイナスです」
「来たか」ケニーが机を叩く手を止めた。
ドル円のチャートの右端が折れた。きれいな山の稜線が崖になった。百六十一円が百六十円を割り、わたしが瞬きするあいだに百五十九円を抜け、百五十八円台へ。さらに何かに足を払われたように滑り落ちる。百五十七円台。そして、その落下を別の何かが、もう一段、押した。
「介入だ」ジョーンズが言った。「当局も、売ってます。同じ方向に。物価で弱った相場に上から、重ねてきた」
数字は百五十七円四十三銭まで、滑り落ちた。一夜で、四円。
わたしは思わず、ダリのほうを見た。百五十八円五十銭で売る、と言った女。いま、価格はその下にある。売る、絶好の場所を価格は通り過ぎていく。
けれど、ダリは動かなかった。窓の外の暗い空を見たままだった。売り注文も、どこにも、置かれていない。
「売らないんですか」わたしはつい、口走った。「いま、その値段、通り過ぎて……」
「これは、当局の手です」ダリは振り向かずに言った。静かに。「相場の足じゃ、ない。物価で、少し弱ったところを当局が後ろから、突き飛ばしただけ。突き飛ばされて、転んだ人はすぐ立ち上がる。──見ていなさい」
「介入は」ソープが画面を見ながら、継いだ。電卓はまだ沈黙していた。「時間を買うだけだ。価格を決めない。決めるのは、いつもひとつ。いま、誰がいちばん多く、持ちすぎているか。それだけだ」
そして、崖は止まった。
百五十七円台で、価格が何かに突き上げられるように戻り始めた。百五十八円。百五十九円。介入の傷がみるみる、塞がっていく。一時間も経たないうちにドル円は何事もなかったように百五十九円台に立っていた。
わたしのスマートフォンが震えた。桑原さんからのメッセージだった。
〈見ましたか! 介入、やっぱり効きませんでしたね! さっき、押し目で、買い増しました。次で、取り返します。先生も、そう言ってます〉
SNSは、もう一度、沸騰していた。〈ほら言ったろ、介入なんて無駄〉〈養分の損切り、ごちそうさま〉〈ここから一七〇〉。怯えは、一時間で、強欲に塗り替えられていた。同じ何万人もが、もう一度、同じ船の同じ側に駆け戻っていく。
ダリが窓から、目を離した。
「ね?」涼しい目で、わたしを見た。「立ち上がったでしょう。これが、当局の手で割れた、ということです。私が待つのは、誰も突き飛ばさないのに自分の重さで、つまずく時。──まだ、来ていません。でも、もうすぐです。皆がこれだけ、安心して、買い直した。次に割れたら、今度は誰も、助けに来ない」
わたしはパイプ椅子の上で、膝を抱えたまま、頭の中で、何かが、ずれていく音を聞いていた。
わたしはここへ博打打ちを暴きに来た。父を呑んだ熱をもっと上等な顔で売る連中を。けれど、この部屋で起きていたのは、熱では、なかった。冷たい、計算と、忍耐だった。絶好の場所を価格が通り過ぎても、彼らは、自分のルールが満たされるまで、指一本、動かさなかった。
そして、崖の反対側で、足を払われて、また立ち上がって、嬉しそうに買い増しているのは。「介入なんて効かない」と信じて、強欲を塗り直しているのは。
父と、同じ顔をした、画面の中の無数の誰かたちだった。
含み損、という同じ言葉が桑原さんを一秒ごとに握り潰し、この部屋の四人を退屈させる。その差が何なのか。わたしには、まだうまく、書けなかった。けれど、その夜、わたしの確信のいちばん硬いところに二本目のひびが、走った。
わたしが憎んできたのは、為替だったのか。それとも、為替を博打に変える、何か別のものだったのか。
窓の外の空が白み始めるまで、わたしはその問いと、二人きりだった。隣で、ダリも、眠らずにただ夜が明けていくのを見ていた。何を待っているのか。わたしには、まだ半分しか、分からなかった。
第6節|勝率一〇〇%
介入の夜から、数日。相場はダリの言ったとおり、立ち上がって、また高い空を飛んでいた。
百五十八円台で、行きつ戻りつ。皆がもう一度、安心して、上を向いていた。それを後押しするように海の向こうから、一つの言葉が届いた。アメリカの大統領選を控えた候補が経済誌のインタビューで、こう述べた、と報じられた。ドルが強すぎる。円が安すぎる。三十八年で、最大の開きだ。アメリカの製造業には、大きな負担だ、と。
奇妙なことに市場はその「円安すぎる」という言葉をすぐには、円高の燃料にしなかった。むしろ、ニュースのコメント欄は強気で、埋まった。〈ほら、アメリカも、円安を認めた〉〈円がいかに安いか、本人がお墨付き〉〈ここからまだ買い〉。船はいよいよ、片側に傾ききっていた。
ジョーンズの机の上の数字がその日、初めて、小さく、色を変えた。
「ダリ」彼は早口で、言った。けれど、いつもより、わずかに固かった。「私のシステムが初めて、弱い売りを示しました。確証はまだありません。サンプルは薄い。でも――事実が印象に追いつき始めた」
「来ましたね」ダリが窓から、目を離した。
その日――七月十七日。相場は誰にも、突き飛ばされなかった。介入も、なかった。当局は動かなかった。それなのにドル円は百五十八円台の半ばから、ふいに自分の足で、つまずいた。買い続けてきた船がほんの少し、舳先を下げた。それだけで、片側に寄りすぎた重みが、ぐらりと、傾いた。
「売ります」ダリが静かに言った。「百五十八円五十銭。――いま」
ソープの指が初めて、速く、動いた。電卓ではなく、注文の端末を。画面の隅に小さな文字が灯った。〈約定〉。
「売れた」ソープが淡々と言った。「サイズは決めたとおり。戻りが、三円来ても、生きていられる」
そして、今度の崖は止まらなかった。
百五十八円が百五十七円になり、百五十六円を抜けた。介入のときと、違って、突き上げる手はどこにも、なかった。買い続けた人々がこぞって、慌てて、逃げ出す。逃げる売りが、次の売りを呼ぶ。一日で、三円。価格は百五十五円台まで、滑り落ちた。
部屋の四人は勝っていた。彼らの建玉はいま、利益を生んでいる。
なのに誰も、笑わなかった。シャンパンも、ハイタッチも、吠える声も、ない。ダリはまた窓の外を見ていた。ケニーはコインをゆっくり転がし始めた。それだけだった。
わたしはその夜、崖の外側を見に行った。自分の足で。
配信は荒れていた。「無敗」を名乗る、あの男のライブには、いつもの倍の人が集まっていた。けれど、流れるコメントは感謝では、なくなっていた。〈先生、含み損がやばいです〉〈どうすれば〉〈ナンピンして、いいですか〉。男は汗を拭きながら、それでも、笑っていた。〈大丈夫。これは、一時的な、押し目です。むしろ、買い増しのチャンス。僕を信じてください。勝率一〇〇パーセントの僕を〉。
わたしはその配信のリンクを翌日、あの部屋に持ち込んだ。半分は挑発だった。あなたたちの数字と、この人の数字と、何が違うのと。
ジョーンズは画面を三秒だけ、見た。それから、目をモニターに戻した。
「ノイズです」感情のない、早口だった。「コインを十回投げて、十回、表が出る人はいる。確率の問題です。半年勝ち続けたことは、実力の証明には、ならない。問題は二つ。彼が負けた回を消していること。そして――サイズです。あの建て方なら、一度の大きな波で、退場する」
「彼はもう死んでいる」ソープが横から、淡々と、継いだ。電卓を見たまま。「タイムスタンプを知らないだけだ」
わたしはかっとなった。
「……あなたたちには」声が震えた。「画面の向こうの人間が見えないんですか。あの人にも、それを信じてる人にも、家族がいる。生活がある。あなたたちが『ノイズ』と呼ぶものは、誰かの人生だ」
部屋が静かになった。
答えたのは、ケニーだった。コインを止めて。声はいつもより、ずっと低かった。
「見えてるよ」ケニーは言った。「全部、見えてる。だがな、お嬢ちゃん。俺たちが、見えても、彼は止まらない。止められるのは、彼自身だけだ。そして、たいていの人間は止まれない。俺はそれを四十年、見てきた。――それから、ひとつ、教えてやる。彼の反対側で、いま、儲けてるのは、俺たちみたいなクオンツだけじゃない。彼に『勝率一〇〇パーセント』を売って、月三万円を集めてる、あの配信者だ。配信者は相場で、負けても、痛くない。客が増えれば、勝ちなんだ。本当に彼らを食ってるのは――相場じゃない。あの笑ってる男だよ」
わたしは何も、言えなかった。
その夜、桑原さんから、メッセージが来た。
〈三円、やられました。でも、先生が押し目だって。買い増しました。次で、取り返します。今度こそ、本当に〉
わたしは返信を打てなかった。三年と四か月、消せずにいる、二十二秒。同じ言葉が画面の中で、また繰り返されていた。世界はこんなにも、同じ言葉で、同じ顔を何度でも、作り直す。
わたしがいちばん聞きたくて、いちばん聞きたくなかった答えをこの冷たい部屋のいちばん年寄りの男がいちばん静かに言った。父を食ったのは、相場じゃ、なかったのかもしれない。あの笑ってる男たち、だったのかもしれない。
その夜から、わたしの取材ノートのいちばん上の行に桑原さんの名前が書かれたままになった。
第7節|ダウは嘘をつかない
売ったあとが、本番だった。ケニーの言ったとおりに。
七月十八日、十九日。三円落ちた相場が戻り始めた。百五十五円台が百五十六円になり、百五十七円に手を伸ばす。三円の下げを六割がた、取り返していく。チャートの数字をわたしにも、読めるようになっていた。価格が上がるほど、ダリの売りは、含み益を削られる。
部屋の空気は変わらなかった。
「想定内だ」ソープが赤く戻っていく数字を見て、淡々と言った。「三円の戻りで死ぬサイズなら、最初から張っていない。半分は利を伸ばす。残りは、置く。まだ、底じゃない」
わたしは思い出していた。桑原さんの伏せたスマートフォン。あと少し。次で、取り返す。彼にとって、含み損は一秒ごとに心臓を握り潰される、恐怖だった。だから、待てなかった。この部屋の人間は同じ赤い数字を見て、退屈そうに待っていた。一円や二円の戻りでは、眉ひとつ、動かさない。
その日の夜、ケニーがわたしの肩をとん、と叩いた。
「飯くらい、付き合え。取材だろ」
雑居ビルの地下の小さなレストランだった。「Fujimori」という、品のいい看板。マスターの藤森さんは、四十代半ばの無精髭の似合う男で、ワインを注ぎながら、相場の話を料理の話と同じ熱量で、した。常連の二人組――大柄で陽気なクマノフと、痩せて皮肉屋のチカノフ――が、カウンターの端で、げらげら笑っていた。
「ダリさん、僕はね、やっぱり、日足のダウだと思うんですよ」藤森さんが、ナプキンに鉛筆で、ぎざぎざの線を描いた。「高値を切り上げて、安値を切り上げる。トレンドは続く。これは、百年、変わらない。チャートは嘘をつかない」
「チャートは嘘をつきませんよ」ダリがグラスを傾けた。「ただ、過去の話しか、しない。藤森さんが見ているのは、川の水面に残った、波の跡です。私が見ているのは、上流で、誰がダムの水門を開けたか」
「またそれだ」藤森さんが、笑った。「魔女様はいつも上流、上流って。でも、結局、波が来なきゃ、儲からないでしょう」
「来た波にいちばん遅く気づくのが、いちばん下流ですけどね」
カウンターの端で、クマノフが赤ワインを呷った。「藤森のダウ理論はなあ、俺、先週、それ信じて買ったら、介入で、やられたわ。いや〜、やられたやられた!」
「だから言ったろ」チカノフが白ワインを舐めて、ぼそりと言った。「お前は上がってるものを上がってから買う。いちばん高いところでな」
「うるせえ。お前は下がるのが怖くて、いつも買えねえじゃねえか」
「機会損失は損失じゃない。退場が損失だ」
わたしは思わず、小さく笑ってしまった。
この店では、四人が少しだけ、人間に見えた。ジョーンズは藤森さんのダウ理論を相変わらず「検証できない」と切り捨てたけれど、その口調は部屋にいるときより、ずっと柔らかかった。ソープは無言で、いちばん安いハウスワインを几帳面にちびちび飲んでいた。ケニーは料理を旨そうに食べた。
「藤森さんは」わたしは訊いてみた。「ご自分でも、為替をやられるんですか」
「やりますよ。趣味でね」藤森さんは、にっこり笑った。「日足だけ。週に一回か二回、見るだけ。生活費は絶対に賭けない。昔、一度、大きくやって、痛い目を見ましてね。それから、決めたんです。小さく、ゆっくり生き残る。それだけ」
ダリがちらりと、藤森さんを見た。何か言いかけて、やめた。代わりにワインをもう一口。
わたしは桑原さんの痩せた顔を思い出していた。同じ、為替を見ている。同じ、チャートを。なのに藤森さんは、笑っていて、桑原さんは、伏せていた。何が二人を分けたのだろう。
答えは、もう薄々、分かっていた。けれど、それを認めることは、わたしが三年と四か月、握りしめてきた、たった一つの確信を手放すことだった。為替は博打だ。その一枚岩にこの夏、いくつも、ひびが入っていた。
帰り際、ケニーがコートを羽織りながら、言った。
「来週、また波が来るぞ」とん、と、わたしの肩を軽く叩いた。「日銀が動くって噂だ。そうなりゃ、魔女の建玉が本当に試される。見てくといい。あんたが書くべきものは、たぶんそこにある」
売ったあとが、本番だった。三円の急落を、相場は六割、戻していく。含み益が、削れていく。試されるのはもう相場ではなく、待つ人間のほうだった。その夜、四人が通うレストランで、Naomiは、もうひとつの「為替の生き方」に出会う。
第二弾「令和のブラックマンデー」は公開中。 そして八月五日、東京の市場が、戦後最大の崩落を記録する。
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